記事一覧

2009.07.01

 3人乗り自転車

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 自転車の歴史についてお話をしようと思ったが、ちょっと、今日のニュースから一言。
 7月1日から3人乗りの自転車が解禁になった。選挙前で、「子育てママ」のパワーに議員先生達が押されたのであろう。許可される自転車は5万円~12万円のBAAマーク(自転車協会)又はSGマーク(製品安全協会)のついた高級自転車である。しかし、これは全くチグハグとしか思えない。
 今、子供の3人乗りをしているお母さんは例外なく安い自転車に乗っている。たぶん?おそらく?そして、子供を保育園・幼稚園へ送り届けた後、パートで働かなければならないお母さんである。そんな高い値段の自転車を新しく買うことができるお母様はマイカーをお持ちで、園へはお車でお送りになられているお母様でしょう。自転車はきちんと整備されて、安全な乗り方を心掛けていれば、今お持ちのママチャリで大丈夫です。
 へそ曲がりの自転車屋が言うのであるから間違いなし。

 *写真は3人乗り自転車(宣伝ではありません)

2009.06.22

 アシュラー

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 アシュラーという言葉は、まだ一部でしか認知されていないが、若い仏像マニアのことをこのように言うらしい。もちろん興福寺の阿修羅像から来ているのであろう。歴女といい、アシュラーといい若い人が興味を持つのはいいことではあると思う。であるが、個人的には、家人の前で「この仏像の写実的表現が素晴らしい」などと勝手な薀蓄を披瀝して悦に入るのがとても気分のいいものだと思っている。あまり多くの人が仏像に詳しくなると、楽しみが半減してしまうような気分になる。
 阿修羅があまりにも注目されているので、一番好きな仏像を変更しようかと思う。薬師寺の日光月光菩薩もなかなか素晴らしい。国宝第一号広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像も魅力的である。かつて京大の学生がこの像に恋をし、抱きついて指を折ってしまったという事件もあった。だが、当方ちょっとへそ曲がりな性格を持ち合わせているので、広隆寺の弥勒菩薩とそっくりな中宮寺の弥勒菩薩に決めようかと思う。この像も大変有名な像である。頭に双髻(そうけい)と呼ばれるかわいらしい二つの丸く結った髪型を配しているのがなんとも言えず良い。モデルは聖徳太子と言われているが、女性的な面差しの像からは太子の母穴穂部間人皇后の面影をその像に見たい気がする。

* 写真は中宮寺弥勒菩薩(伝如意輪観音)

2009.06.16

 小説

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 最近、小説を読むことがめっきり少なくなった。本には目を通すのだけれども、ほとんどが参考になる資料探しになってしまっている。何か感動するような小説に巡り合いたいなと思っているこの頃である。
 近頃、村上春樹が受けているようだ。かつてミーハー的に「ノルウェーの森」を読んだことがある。だが、あまり感動しなかったためか、全くといっていい程、何も覚えていない。覚えていないと言えば、学生時代に読んだ高橋和巳や倉橋由美子も霧の中である。青春の日々、こんな本に感動したと言えると「かっこいい」のであるが、どうも無理なようである。
 誰か安い本で簡単に読めて役に立って、尚且つ感動していつまでも記憶に残るような本があったら教えてください。

2009.06.08

 歴女

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最近若い女性の間で歴史ブームらしい。メジャーな人物からマニアックな人物まで幅広い。特に、戦国時代の武将に興味を持つ。そんな女性達を歴女というそうだ。その歴女に特に人気があるのが、真田幸村、直江兼続、石田三成の三人ということである。ユッキー・カネタン、ミッツーか。だが、それ以外で人気のある人物の中に、あれっ?と思う武将がいる。前田慶次、長宗我部元親、島左近、大谷吉継、片倉小十郎。そんなの日本史の時間に習わなかったよと言いたくなる。だが、歴女は伊達政宗や織田信長と同じように好きなのだそうだ。
 我が会に歴女を勧誘すると、平均年齢がぐーと下がること間違いなし。

2009.06.05

 宴会中止!

 毎月、月初に幹事会を開いている。創立この方、一度も休んでいない。
 幹事会は3時30分に事務局に集まり、5時過ぎまで会議。そして会議終了後、おにぎりがメインデッシュの懇話会が始まる。この懇話会も創立以来、一度も休んでいない。この懇話会で当会の骨太の方針がいつも決まる大切な会なのだ。
 ところがこの6月の幹事会では、懇話会を中止した。
 実は今、半田市は市長選の真っ最中。6月7日が投票日。わが事務局はJR乙川駅前にあり、入口がガラスの扉。室内が丸見えなのだ。後ろめたいものは何一つないのだが、時期が時期。10名も集まり酒盛りにも見えることは避けたい。ここは大人ぶって、「李下に冠を正さず」を気取ったのである。
 当会としては懇話会中止は「歴史的出来事」となる。宴会中止を背に受け、幹事諸君はトボトボと帰宅していった。
 大人を気取るのも疲れるものだ。

2009.06.02

 二川

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5月は二度も二川を訪れることになった。一度目は乙川公民館のふれあい事業での「二川宿本陣資料館」の見学。二度目は西川秋次が生まれた二川町三ツ家の訪問である。
 二川宿は旧東海道五十三次の日本橋より33番目の宿場である。「二川宿本陣」は旧東海道に残る二箇所の本陣の一つであると説明を受けた。次の宿場は吉田宿であるが、現在はともに豊橋市である。
 二川宿本陣はもちろん旧東海道に面したところにある。東海道線二川駅のすぐ北側である。西川秋次が生まれ育ったのはそれより南に下がった現在は三弥町と言われるところである。そのあたりの古い地名は渥美郡二川町大字二川字二川である。かつてはその集落は三つ家と言われていた。八幡社の前にかなりの数の家がかたまってある。その集落を抜けると、あまり人家はなく、田んぼや畑が多く残る風景が続く。しばし、西川秋次が青年期まで過ごした二川町三ツ家の空気を感じながら、車で南へ5km程の小松原という地区へ向かった。小松原には西川家の菩提寺、臨済宗妙心寺派の東観音寺がある。東観音寺の老僧の読経を聞いた後、湖西市へ向かった。

* 写真は東観音寺山門

2009.05.28

 知多半島 郷土史往来

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 『知多半島 郷土史往来』が刊行された。
 目玉記事は「明治天皇 乙川村行幸全記録」である。
 この論文は、伝承や先入観、ポテンシャルへの挑戦でもあった。だから読み物としてもおもしろい。
 「明治天皇が白馬に乗って来て、畑にいた農夫に道を聞いた。農夫は肥柄杓で道を指し、天皇に道を教えた」。
 この話は地元で長く伝わっていたもので誰も異論を述べていない。それどころか公の書物にさえこれに近い記述があるほどだ。
 肥柄杓とは糞尿などを汲んだりするもの。そんなもので天皇を指したりすれば首が飛ぼう。また、当日は豪雨、暴風雨。そんな日に農民は畑に行く? また、天皇自身が道端の人に道を尋ねる? 天皇がお供も連れずに知らない町に行く?
 ちょっと考えれば分かることだが、その作業を誰もしないし、先入観で噂話を作ってしまう。天皇の馬は白馬でない。栗毛だ。間違った伝承はこうして生まれるのだ。
 さて、こればかりではない。
 伝承の誤りを正すと、出てくる出てくる変な話が。
 ぜひ、本誌を読んで欲しい。1000円の値打ちは充分ある。

2009.05.26

 知多半島おもしろ検定

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 知多半島に情報誌「Step」がある。8万5千部ほど出ているものだから立派なものだ。
 そこに「知多半島おもしろ検定」というページがあり、当会が担当させてもらっている。
 検定というものの読者は若い主婦層が主とのとこで、できるだけ、おもしろく、そして郷土史に興味を持ってもらいたい― の一点で汗をかいている。
 どれくらいの程度かみてほしいと思い、今月号を添付する。但し、本誌ではこの他に「ヒント=読めば誰でもわかる」を書いてあるが、この場でそれはあんまりだからやめておく。
 さあ、お立会い!
 正解はいわずもがなでしょうが、コメントをお願いしたい。

*画像をクリックすると大きくなります。

2009.05.24

 ドイツ人俘虜と桜パン

 「ふるさと講座」に遠来のお客さん。校條善夫氏(めんじょう・よしお=東海女子大学文学部元教授)だ。
 氏は名古屋日独協会の幹部で、「ドイツ人俘虜」の研究者。第一次大戦時に名古屋に収用されていたドイツ人俘虜の実態や業績を研究されている。
 ドイツ人によって鉄道や製パンなどの技術指導がなされたのだが、その一つに、敷島製粉のパンがあった。
 どうやらそのパンは「桜パン」と言われていたらしいと聞いていた校條先生は、その実体を調べようと当会を訪ねてくれたのだ。
 敷島製粉=盛田善平=カブトビール=赤レンガ建物。いわば半田の郷土史そのものである。

 当月のふるさと講座はタイミングもよく、「みんなに聞く昔の半田」。会場では「桜パンを探せ」で大いに盛り上がった。
 「元の知多高女(現・半田商工会議所)の前の若松屋で売っていたのは知っている」。
 「当時のパンは高く、一般の人の口に入るような品ではなかった」。
 「敷島という社名は、敷島の大和心を人問わば朝日に匂う― の和歌からのものだろうから、『桜パン』と命名したことは容易に推測できる」。

 等々なかなか実のある意見が続出。校條先生も納得顔で帰られた。
 後日、敷島製粉の社名ロゴが『桜』だったことも判明。さらに一歩前進したのだ。
 「みんなに聞く、昔の半田」の成功例である。
 

2009.05.20

 閨閥について

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 鳩山由紀夫氏が民主党の代表に決まった。麻生太郎総理と同様、政界ではすこぶる毛並みの良さを誇る二人である。鳩山家は祖父の一郎が総理大臣であり、曽祖父の代からの政治家の家系である。また、麻生家は北九州おいて石炭で財をなした家であり、総理の母方の祖父は総理大臣吉田茂である。両家とも親戚に名家が綺羅星のごとく並んでいる。
 この二家と較べると豊田家の閨閥づくりは控えめな感じである。確かに、一般家庭からすると、かなりの名家との結びつきが見られる。究極の閨閥づくりは天皇家との結びつきだと言われる。また、現在では有力政治家との閨閥づくりも重要らしい。しかし、豊田家にはそれらとの直接の閨閥はない。
企業としてだんだん大きくなった豊田家では、それに見合う企業家の家との結びつきが多い。良い意味で田舎の企業に徹していると言える。豊田家の女性はほとんど外で活躍する方がいない。経営と同じく堅実さを感じる。
だが、ここ数年のトヨタ本体の姿勢はそのことを忘れているように思う。豊田綱領の精神を今一度、思い返してみる必要がありそうだ。世界一の自動車会社は狙うものではなく、結果でなければならない。
少し話が堅過ぎ、反省。