この日曜日に「ものづくり文化再発見ウォーキング半田コース」という企画のお手伝いをした。我々「はんだ郷土史研究会」に中島飛行機の滑走路についての説明を担当してほしいという依頼にこたえたものである。だが、実際には企画した団体について、ほとんど情報がない状態でのお手伝いであった。
かつて、中島飛行機があったことを知る唯一の痕跡といってもいいのが滑走路のエプロン部分である。国道247号の「みどり牛乳」の少し東を南に入ったところにある。田んぼとの境にある細い道をよくみると丸く曲がっているのが分かる。直径が100メートルを越す円形の一部分である。地元の人でも知らない人が多くなったのではないだろうか。
工場から国道を牛に引かれてきた艦上攻撃機天山や偵察機彩雲が方向を転回して飛び立っていったところである。戦争を経験した方達にとっては、つい最近のことのように思われるかもしれない。戦争というものは遠いところで行われ、我々とは無縁のものではなかったのである。身近で戦争に協力していたのだ。また戦争に苦しめられたことも忘れないようにしたいものである。
*写真は半田市中午町付近(中部産業遺産研究会提供)

劉 蓉 (2009.12.03(木) 10:59 )
小栗さま
先日のウォーキングでは大変お世話になりました。貴研究会のホームページを拝見させていただきました。
おっしゃる通り、戦争の記録を身近に見られて、改めて平和への思いを強く感じられます。
また、機会がありましたら、有意義な企画をさせていただきたいと思います。
大和さまにもよろしくお伝えください。