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2010.04.05

 穏or隠 こんな失敗。

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 半田・亀崎の廻船業、醸造業をリードした伊東七郎衛家がある。
 屋号を「おんじょう丸」という。
 ここは郷土史の宝庫で、当会の「ふるさと講座・4/18」も池上房子、杉浦和子がこの研究発表をする。

 さて、である。
 数年前、この「おんじょう丸」を郷土史だよりで書いた時のことだ。読者という人から電話があって、「穏乗丸」と書いてあるのは何事だ! これは「隠乗丸」だ。おんの字は隠密の隠だ」。
 「こんなことも知らないのか!」と頭から湯気が上がっているような声だった。
 ぼくは素直に「すみません。勉強不足でした」。
 そして数年、今回の池上、杉浦組の研究発表に際し、ぼくはHPにも郷土史だよりにも、ポスターにも、叱られないよう「隠密の隠」を書いたのであります。
 間違わぬよう注意して。
 ところが、同家の資料を見ると「隠」ではない「穏」と記されている。なってこった!
 ああ~ お詫びして訂正します。
 反省~。

*写真は同家の酒「猿若街」の新聞広告。日本初のカラー広告ともいわれている。この「猿若街」の「街」も「衛」との説。今度は匿名電話にだまされないぞ。

2010.01.04

 あけましておめでとうございます

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 謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
 今年もはんだ郷土史研究会をどうぞよろしくお願い申し上げます。

2009.12.31

 今年の5大ニュース

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 はんだ郷土史研究会の平成21年の5大ニュースを探ってみた。
 本来なら10大ニュースにしたいところだが、そんなにニュースはない。郷土史研究などという地味な会なのだから、ニュースなど少ない方がいいのかもしれない。

(1)毎月第3日曜日に開催している「ふるさと講座」。隔月1日に発行している「はんだ郷土史だより」。その2つの基本事業を1度も休まず、遅れず実行できた。これが一番。

(2)『知多半島郷土史往来』第1号を発行した。そこで従来は知られていなかった「明治天皇の半田行幸の足跡」や「細井平洲の半田との関わり」などを発表できた。

(3)名鉄カルチャースクールに講座を担当できた。「知多半島のふしぎ物語」。毎月第3火曜日午前。

(4)榊原亀三郎の鴉根弱者救済所を発見、ひろくお知らせできた。「発見!」といってもいい事例だろう。

(5)「武豊線の明治遺産めぐり」を実施した。市外から予定以上の参加希望があり、10名近い半田市内の人にご遠慮ねがった。

(番外)オープンなかたちでは初めて忘年会を開催した。東海市のTさん。知多市のIさんも参加してくれた。ちょっと酔ってしまった。―いつものことだが。

 では、平成22年もどうぞよろしく。
                 伊藤正治&西まさる
 *写真は榊原亀三郎

2009.12.24

 年末恒例

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 年末の恒例行事が重なってバタバタした。
 加えて、いつも暇な、フリーライター兼編集者が妙に忙しくバタバタ。何年ぶりかの徹夜も経験。思わず「現役の時、こんなんだったな―」と昔を懐かしんだりした。と言っても昔の体力、気力と比べようもなく徹夜から3日ばかりはボーっとしていた。
 そして4度の忘年会。こっちはボーっとしていない。いつものように沈没まで飲んで、翌日はボー……
 私事ばかり書いたが、
 12月20日は今年最後の例会「ふるさと講座」。91名がご出席。「ああモンテンルパの夜は更けて」の大合唱も。
 12月23日は恒例の「乙川十二社めぐり」。34名のご参加。これは乙川地区の十二の神社を巡るかつての伝統行事で、今回は「神社の彫刻を見る」がテーマ。乙川八幡社では、文化財に指定されている彫刻を、特別に本殿奥まで上げていただき拝見。いいものを見た。
 まもなく本年もおわり。掃除ぐらいしなっくちゃ、と思いながら毎年せず、埃まみれで新年を迎える。これも恒例のわが事務所であります。

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