記事一覧

2019.03.18

 富士山

ファイル 446-1.jpg

 久しぶりに東京へ。
 杖を片手の東京は気が重いが、取材なのでがんばって行った。
 やはり困ったのは駅の構内。東京駅、池袋駅。とんでもなく広いし人が多い。
 ヘトヘト。
 東京で一泊。帰路の新幹線で車窓からきれいな富士山が見えた。
 いかにも霊峰の佇まい。
 ちょっとだけ疲れを忘れた。

2019.03.08

 飛田勝造という昭和の傑物

ファイル 445-1.gifファイル 445-2.jpg

 飛田勝造という昭和の傑物がいた。政財界では東山先生と呼ばれている。昭和の政財界で彼をは知らない人は誰一人いない。昭和の侠客世界でも彼を知らない人は誰一人いないはずだ。
 東山先生はある意味、昭和作ったともいえる仕事をした人だ。
 どんな仕事をした? 一口に言えば一般庶民、それも貧しい人たちが普通に飯を食えるようにする手助けをした。それで括れるはずだ。その為には権力・巨悪とも怯まず戦った。その一つの手段だろう、彼の身体には立派な入れ墨が彫られている。「唐獅子牡丹」である。

 この東山先生は表面には出てこないフィクサーだから一般の人が知らないのは無理がない。しかし、高倉健の唐獅子牡丹は日本人なら誰でも知っていると思っていた。高倉健演ずる「弱きを助け強気をくじく」唐獅子牡丹のモデルは飛田勝造その人である。
 ところが若い数人に聞いても誰も「唐獅子牡丹」を知らない。ならばと対象を広げて数人に聞いたがこれも駄目。結論は50代前半より若い人は「唐獅子牡丹」を知らないことが分かった。

 ぼくは全共闘世代の先頭の年代である。学生運動にも熱心だった時期もある。運動の加熱したのは昭和40年から45年頃のこと。

 「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている」
 ぼくたちの一つの合言葉でもあった。

 この有名?なフレーズも今はすっかり死語。だからこのフレーズの元が「背なで泣いてる唐獅子牡丹」であることも知る由もないのだ。

 淋しい次第。
 さて今日は第一弾。なぜこんなことをブログに書いたのは後日言いたい。

 なお、飛田勝造がした仕事のひとつを拙書『中島飛行機の終戦』の秘話の章にある。そんな男だった。

2019.01.27

 はんだ郷土史研究会創立15周年記念会。ありがとうございました

ファイル 441-1.mp4

 1月20日の「はんだ郷土史研究会創立15周年記念会」行事は「榊原亀三郎を知ってもらう」。大成功だった。
 ●【上のファイルをクリックでビデオが観られます】

 14時からのアトラクションズ。
   ①津軽三味線「ふるさと」(北折美三子)
   ②神戸コーラス「たんぽぽの会」(榊原信三)
   ③和太鼓「fusion YELL」(武田夏千代)
 
 15時からの式典+抽選会
 15時半からの幸島聡氏ミニ講演
 16時からの一龍斎貞花の講談会

驚くなかれ522名のご来場だ。

 17時からの懇親会
これも90名の参加予定をはるかに超えた126名のご参加。
 90人分の料理と100人前のソバ、70人分の抹茶セットを用意していたが、足りただろうか。

 ともあれ、頭を深々と下げて御礼を申し上げます。
 当日の模様をビデオでごらんください。上の「ファイル」をクリック。

なお、壇上のご来賓(ピンクのリボン)と主催者(白のリボン)は下記の通り。

□ 榊原 純夫 半田市長・榊原弱者救済所保存会相談役
□ 嶋崎 昌弘 市議会議長 
□ 鈴川 慶光 教育長
□ 斎場 昌宏 中部地方更生保護委員長
□ 幸島  聡 東北地方更生保護委員長
□ 杉山 多恵 名古屋保護観察所長
□ 堀嵜 純一 愛知県議
□ 榊原 康弘 半田商工会議所会頭
□ 福谷 直正 愛知県保護司会連合会会長
□ 青山 禧子 愛知県更生保護女性連盟会長 
□ 岩田都母恵 半田市更生保護女性会会長 
□ 石川 健二 半田保護区協力雇用主会会長 
 

●主催者役員=白いリボン 
・蟹江 正行 はんだ郷土史研究会会長・榊原弱者救済所保存会相談役
・田中 清朗 榊原弱者救済所保存会会長
・前田 佳男 榊原弱者救済所保存会相談役・半田保護司会会長
・新美  勝 榊原弱者救済所保存会相談役・鴉根区長 
・上中 富雄 榊原弱者救済所保存会顧問
・太田 和子 榊原弱者救済所保存会顧問・半田保護司会前会長
・久世 孝弘 榊原弱者救済所保存会顧問・半田市議会議員
・山本 博信 はんだ郷土史研究会幹事・榊原弱者救済所保存会理事
・竹内 孝江 はんだ郷土史研究会幹事・榊原弱者救済所保存会理事
・菊岡小代子 愛知県更生保護女性会事務局長・榊原弱者救済所保存会理事
・西 まさる  はんだ郷土史研究会代表幹事・榊原弱者救済所保存会顧問
・前田 利行 榊原弱者救済所保存会代表理事

以上です。

 なお、この大会は「半田市社会福祉協議会・はなちゃん助成金」をいただいたもの。
 この助成金があったから、更生福祉施設などの入所者、入寮者を招待できた。そして150名を超えるいわゆる弱者側の人たちがご参加くださった。これが亀三郎の遺志の一環とも思う。
 感謝したい。

 

2019.01.17

 はんだ郷土史研究会創立15周年記念会。いよいよ

ファイル 439-1.jpg

 すごく、バタバタしています。
 いよいよ1月20日が15周年記念会。榊原亀三郎を前面に立てての企画です。
 集客の心配をしていましたが、どうやら心配無用の案配です。
昼の部=アトラクションと一龍斎貞花の講談会はたぶん、450人を超えそう。と言っても会場は600人収容の大講堂。まだまた席はあります。
 今朝から2件電話が入りました。
「4人で行くが前売り券がほしい」。
「2人だが、どこに行けばチケットが買えるか」。

ありがたい電話であります。
 もう3日前なので「当日券をお求めください。前売りも価格は同じ、一千円です」。

 夕方から懇親会。
 これはがんばってご馳走を用意しすぎたようです。
 お寿司、オードブル、おそば。それにお抹茶コーナー。
もちろん、酒もビールもノンアルコール飲料もあります。

 実は紀念の「酒桝」を作ってしまった。
 升酒で乾杯の後、その桝はおみやげにどうぞ。とのことにしました。
 ああ、がんばりすぎてしまった。
 でもいいでしょう。15年に一度のことです。

2018.12.31

 鴉根は「愛の降る町」 西まさる

ファイル 437-3.jpg

 このところ榊原亀三郎と榊原弱者救済所の宣伝に懸命である。
 それはこの1月20日に講談会+当会15周年記念会をやることになったせいもあるが、こんなに力を入れている亀三郎の認知度が少しも上がらないことに少々焦っていることもある。

 あの手この手のこの手の一つ、ぼくが長く担当している雑誌のコラムにも手を伸ばした。

 知多半島の情報誌『Step』。発行部数は137,900部というからもうミニコミの域を出ている雑誌だ。ここに10年来、「知多半島おもしろ検定」や「にしさんぽ」を掲載させてもらっている。

 昨年来、ドローンで空から撮った地域を随筆風に紹介する「ドローンで・知多半島パノラマ遊覧」を連載している。

 ここの2019年1月号は鴉根地域を採り上げ、鴉根地区を「愛の降る町」と紹介した。それを転載する。

2018.12.31

 杉治商会・杉浦治助の潜在的な人気

ファイル 436-1.jpgファイル 436-2.jpg

 12月例会は「怪人・杉浦治助と杉治商会」を西が講座した。
 全国一の飼料会社の社長で愛知県で一番の高額納税者であった大富豪。数多くの特許も持つ人。半田市ならずとも全国に知られていてもいい人だが、取材を通して感じたことは、「誰もが何となく知っているが誰もが何も知らない男」だった。
 例会での反応をみて、『はんだ郷土史だより』にも書いた。すると多くの人から「へぇ~」という声が届いた。愛知県内はもちろんだが、東京、大阪、沼津の読者の方々からもだ。

 「郷土の偉人として顕彰すべき」という当たり前の声。
 「杉治の経営理念やシステムは現在でも参考になる」という、ぼくには意外な声。
 「PL教団の前身を支えたのは杉治だったのか」という、ぼくにとって「待ってました!」という声。
 「新美南吉との関わりをもっと知りたい」という優等生的な声。
 「治助さんはわが家の近所の人で、子どもだった私には乞食のような風姿の怖い人に見えた」という郷土ならではの貴重な声。

 実に様々な声があり、驚くやら満足するやらである。
 さらに杉治を調べて発表したい。

 写真は12月例会の模様と杉浦治助。

2018.10.03

 昔々の色紙を見つけた

ファイル 424-2.jpg

 先般、大坂の某店に数十年ぶりに立ち寄ったら壁に昔々のぼくの色紙が飾ってあった。
 昔々、ぼくが若い歌人だった頃の歌だ。懐かしい、そして恥ずかしい。けど、ここに記録しておいてもいいだろう。

  昼ふかき公園に鳩くくと鳴き イブ・モンタンのごとき雨降る

 いかにも若書きの短歌。こんな歌を詠んで悦に入っていたのだ。
 それにしてもよく残っていたものだ。書きものは百年も残る、とはよく言ったものだ

2018.09.02

 一大事! 玄関に蜂の巣だ!

ファイル 418-1.jpg

 わが事務所の玄関には2つのシャッターがある。一つは入口の扉。もう一つは窓。その窓の方のシャッターを開けると、何と! 蜂の巣があった。
 まだ巣は小さいが、蜂は大きい。10匹は見える。
 怖い。怖い…、

 テレビで時々観る凶暴な熊ん蜂だったらどうしよう。
 テレビで観るような、ハンター業者を頼まなければならないのだろうか。
 一晩考えた。

 まだ蜂の巣も小さいから病弱な俺でも戦える! やるぞ! と言ったらわが女房は「私、大阪の家で雨戸にあった蜂の巣に近づき、蜂に攻撃されて顔が腫れ上がったことがある。私は嫌!」と不戦を宣言する。
 ちょと困ったが、親爺としては引き下がるわけにいかない。

 9月2日朝、敢然と宣戦布告。長袖シャツに帽子、軍手で武装。武器はアースジェット。そして蜂の巣を確保するためのアオキスーパーのレジ袋2枚。
 午前9時30分、天気晴朗さらに風もなし。
 戦闘開始! 
 まずはアースジョットの砲撃! 敵は不意を突かれ数匹は悶絶。しかし2匹はわれに向かい戦闘機のように突進してくるっ!
 さっと避けて、ジェットを噴射!
 そしてわが右手軍はレジ袋で敵の巣を包囲。そして確保。

 わが軍の圧倒的な勝利であった。
 この奮闘は金足農高と同等の感激であると明日の朝刊1面を飾ることだろう。

 以上、大本営発表。

2018.08.31

 ピアノ

ファイル 417-1.jpg

 ちょっと珍しい写真があったのでご披露する。
 ピアノのコンサートの写真だが演奏中を真上から撮ったものだ。この5月の「えすぷりコンサート」。会場は白川ホール。
 演奏者は向かって左が斉藤優子、その右が藤本逸子氏(東海学園大学教授)。ピアノの連弾である。
 その右手のスーツの女性が「めくり」と通称される人。つまり楽譜を演奏者に代わりめくる人。これだってちゃんと楽譜が読めないとできないには言うまでもない。

 曲はモーツアルトの何とか、だったが、なかなか良かった。

 優子さんのコンサートは結構多く、今年だけでこのえすぷりの他、豊橋市と岡崎市に出かけていた。
 11月4日は一宮音楽家協会の定期演奏会が一宮市の尾西信金ホールである。ご希望の方にはチケットを差し上げると言っている。よろしければ。

 

2018.08.10

 酷暑お見舞い申し上げます

ファイル 413-1.jpeg

 連日の体温を超える暑さ。尋常ではありません。
 公園の蝉も「アジィー、アジィー」と鳴いています。

 そこで暑気払いに小さなプレゼント。
 挿絵を見て、少しはゾッとしてください。

 では、・・・・・。

ページ移動


リンク集: スーパーコピーブランド専門店, スーパーコピー時計N級品, ロレックス時計スーパーコピー, ウブロ時計スーパーコピー, シュプリーム財布スーパーコピー, キャップ帽スーパーコピー, ルイヴィトンバッグスーパーコピー, バレンシアガバッグスーパーコピー, ルブタン財布 スーパーコピー, スーパーコピージュエリー, シャネルスーパーコピー