かつて、喘息は母源病だと、マスコミで声高に主張していた名古屋の高名な医者がいた。「母親が子供をむやみに甘やかすから、それで子供が母親に依存的になり喘息が出る」という理論である。最近では全く聞かない。医学的でも何でもない理論を振りかざした医者を何の検証もせず、マスコミが垂れ流したのである。今でも多くの人が信じている血液型やマイナスイオンと同じである。
しかし、現在でも喘息に有効であるとされているゾルガナール注射というものがある。これは金をゾル状にしたものを注射で打つのである。私はこの療法を規定の3倍ほど打った。私の体は相当量、金で出来ています??!!
だが、喘息がやっかいなのは、精神的なものと関連が深いからである。人によっては、叱られたりいやな事に会うと喘息発作が起きたり悪化することもあるからである。そして、喘息持ちの子供は体が弱いので、腹筋を鍛えたり乾布マサツが良いと言われ、実行する。しかし、これが逆効果になることも多い。なぜならば、喘息の原因は気管支の粘膜の炎症である。運動によって、炎症が刺激を受け、かえって喘息を誘発してしまうこともあるからである。
現在では治療の第一選択はステロイド吸入剤である。そして吸入薬(β刺激薬)と飲み薬の気管支拡張剤をうまく使うことである。私と同病の方々の健康をお祈りしております。 おわり
* 写真はステロイド吸入剤
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喘息2
喘息
最近でこそ、喘息は子供の病気であるというイメージが定着してきた。だが、私が子供の頃はお爺さんの病気と言われていた。当然、原因はよく分かっていなかった。そのため様々な治療があった。空気の良い所へ行く転地療法などはまだまともな治療であったが、死ぬ可能性もあった電気ショックで直すとか、万能薬?アロエの成分を注射する治療などは今から考えると「まじない」と大差ないものであった。今でも「藁をもすがる」気持ちにつけ込んだ怪しい民間療法があるが、私がかつて実際に経験したのは、アマガエルを生きたまま飲む、或いはロウソクの横に垂れ下がった蝋の部分を飲むというものである。後者はある山岳宗教でのものである。
大西洋の真ん中に浮かぶ300人程のイギリス領の島では島民の3割~5割くらいの人が喘息であり、世界一喘息患者の率が高いところとして知られている。だが、未だに遺伝であるという確かな証拠は見付かっていない。
喘息で亡くなったとして有名なのは「李陵」や「山月記」の作者の中島敦である。そして、多くの方がまだ記憶している歌手のテレサ・テンも喘息に苦しんでいた。 つづく
* 写真は中島敦
ヒロシマ
原爆投下後、消えた広島市。その市街地の写真。
この時期になると書架から、古い雑誌(文藝春秋)を取り出し、この写真を見る。
すごい! 一発で大都市が消えた。
……。
高いところからの望遠写真だから地上の詳細は見えないが、地上は地獄絵そのものだろう。
……。
「過ちは繰り返しません――」。
本当やろうな!
いまこそ、大碇紋太郎
迷走する大相撲界は滑稽なほどだ。
当初は特権階級意識を丸出しに「バクチをしたやつは申告しろ罪は問わない」と、相撲協会が法律だ! の勢いだったが、雲行きが怪しいとみると慌てて琴光喜を強引に首切り。
琴光喜はいったい何の罪で一方的に解雇なのだろう。たぶん一般的な裁判をすれば琴光喜は無罪で職場復帰を認められるだろう。
そんなことはどうでもいいが、大相撲界とヤクザ社会は密接な関係だったことは周知の事実だ。
江戸時代まではお相撲くずれがヤクザに―、は規定路線。そして相撲興行が収入源だった。
全国に網の目のように張り巡らされる侠客ネットワークを頼りにお相撲さんは地方巡業に行き、生活を維持できた。
荷車を引き、何十人というお相撲さんが歩いて巡業の旅を続ける。相撲甚句を歌いながら、次の興行地に入る。そこに元力士のヤクザ家業が迎えて歓迎。地元の人々はたまにみるお相撲さんに目を輝かせる。そしてハッピーな時間が構築されていた。これは反社会的行為ではないはずだ。
しかし、そうした2百年も3百年も続いた「いい関係」がどこかでおかしくなったようだ。
ヤクザと相撲界の関係を何も奨励するわけではないが、「悲しき横綱の生涯 大碇紋太郎伝」が描く明治時代の大相撲界はそれなりの規律や秩序を保った興行ルールで成り立っていた。
そこには「反社会的勢力」などとう、ややこしい勢力はない。それを古き良き時代などというと、白い目で見られるかもしれないが、「古き良き時代」を反芻することも今の大相撲界では必要かとも思っている。
大相撲名古屋場所
大相撲の名古屋場所が開催されている。だが肝心の相撲の方は盛り上がっているのか、盛り下がっているのか分からない。テレビ中継をNHKさんがしてくれないから。僕はちゃんと受信料を払っているし、せっかく大枚をはたいて地デジにしたのに。暇な時はテレビでお相撲を見るのを楽しみにしているんです?!
まあ、何時でも暇だから、見ようと思えば遠慮なく何時でも見えるのだけれども。
小さい頃はテレビでお相撲をよく見た。初めて見たのは、市役所の出張所に置かれたテレビだった。街頭テレビ?のようなものだったかな。小学校の低学年だったので、背の高いお兄ちゃん達が前にいて見るのに苦労した。人と人の隙間から見た。東富士とか千代の山の時代だったかな。どうしてか分からないが、私は太鼓腹の鏡里が好きだった。その後は若乃花より栃錦、大鵬より柏戸を好きになった。
一人のんびりと昔のことを懐かしがっているが、どうも今の大相撲にはそんな余裕は全くないようだ。これからの大相撲が良くなるか悪くなるか賭けをしようか。そんな冗談も笑い飛ばせるようになってほしいものだ。
* 写真は第四二代横綱 鏡里 (日本相撲協会)
[トヨタのお父さん」
私も豊田佐吉や「豊田」の歴史を勉強するために、関連の本を手に取ることが多い。時には自分の研究課題とは違うと思いながらも、トヨタ自動車に関するものも読むことがある。そのような本と較べると、田村康子さんの「トヨタのお父さん」という本は、全く趣の違った本であった。
「トヨタのカンバン方式とは」、「トヨタのカイゼンとは」という大上段に構えたものではない。お父さんが小まめに付けていた日記を基にして、現場での様子をサラッと記述したものである。少し前に、マスコミで評判になった横田一、佐高信著の「トヨタの正体」とは対極にある本かも知れない。しかし、「トヨタの正体」が主張している社会に警鐘を鳴らすという趣旨に対抗して書かれた、というような肩に力の入ったところは全くない。
それは、主人公とも言える田村さんのお父さんのキャラクターに負う所が大きいかもしれない。田村さんのお父さんの方が榊原亀三郎のお孫さんかと思ってしまう。実際はお母さんが亀三郎のお孫さんである。
そして、もう一つこの本を読むと豊田市以外の人でも、豊田市の様子よく分かった気になるかもしれない。やはり、豊田市に実際に生まれ育った人はその土地に関しては強いなと感じた。
* 写真は田村康子さん著の「トヨタのお父さん」の表紙
光明寺
先日、粟生(あお)の光明寺(こうみょうじ)へ父の納骨に行ってきた。光明寺は長岡京市にある西山浄土宗の本山である。浄土宗の本山としては知恩院がよく知られている。
だが、地域によっては、西山派の浄土宗が多いところもある。その一つが知多半島である。特に半田市には西山派の名刹常楽寺があることから、多くの西山浄土宗の寺が存在する。また、常楽寺と同じく家康との関係が深い常滑市の正住院も西山派の寺である。
その他、愛知県内では江南市にも多い。山内に八か寺の末寺を持つ尾北の名刹曼荼羅寺が西山派であることによるのであろう。この曼荼羅寺は藤が有名である。
光明寺は法力房蓮生が師である法然ゆかりの地へ創建したものである。蓮生というのは出家名であり、源氏の荒武者熊谷次郎直実と言ったほうが断然知られている。青葉の笛の物語で知られる若武者「敦盛」を討ち取ってしまった為か、親戚との領地争いでの無常を感じたためか分からないが、豪の者直実が粟生の地へ建てたのが光明寺である。
今回は下手なウンチクを並べたものをお読みいただきありがとうございます。
*写真は光明寺山門から境内を望んだ景色。秋はこれが紅葉の名所となる。
セントレアのおまけ
情報誌Stepに「知多半島おもしろ検定」を出題している。
読む方は楽チンだろうが、毎月毎月同じネタではいけないので、相当に苦労はしているのだ。
今月号(6月号)に、これを知ってる? と出題するのがこれ。セントレアつまり中部空港周辺の海で繁殖した海草=藻を食材にしてしまったもの。この度、商品化をした。
邪魔な藻は掃除できる、売上げは入る、さすが愛知県。やることが違う。
出題するからには食べてみないと― と思いスーパーで購入した。1パック3つ入っていて290円ほど。
味? ねばねば。 栄養価が高いことは請け負う。
味? 食べてみたら。別にまずいと言っているんじゃないよ。
品名の正解は、Step6月号でどうぞ。
(写真を見りゃわかるけどね)
半田検定
「半田ふるさと検定テキスト」が出来上がった。著者は半田市文化財専門委員長の河合克己先生。編集は西まさる氏。もちろん河合先生は「はんだ郷土史研究会」の顧問。西まさる氏は事務局長であり、我々の会の主要なメンバーによる発行となった。
ご当地検定の最初はどこか知らないが、京都観光検定あたりから全国的に注目されて、広がったようだ。特色を持った検定もあるが、ほとんどが観光を目的にしたものが多い。それらと較べると、半田検定のためのテキストはちょっと学問的な感じを受ける。これは河合先生の思い入れがあるように感じられる。そのため、このテキストを読めば半田についての相当な知識を得ることができそうである。
このテキストの中からどんな問題が出るのか考えてみたが、「これはちょっとヤバイかな」と思った。榊原半田市長さんも受験されると聞きました。忙しい市長さんに、一生懸命勉強してもらわなければ合格点が取れないような問題ではいけません。願わくは市長さんが全くテキストを勉強しなくても満点が取れるような問題を作ってもらいたい。そうしたら私も受験を考えないでもない。
試験は10月3日(日)に半田商工会議所で行われると発表された。皆さんには是非、テキストを購入し受験してもらいたい。
野球
日本のプロ野球が開幕した。意外と調子の良いドラゴンズ。やっぱり苦しいカープとベイスターズ。何となく気になる季節がやってきた。野球など関心がなさそうに見えるかもしれないが、ドラゴンズの調子が悪いと、少し機嫌が良くない。何時ごろから野球に関心を持ったか、確かなことは覚えていない。だが、ラジオから聞こえてくる杉下茂・西沢道夫・服部受弘の名前はしっかり記憶している。そして、解説は「なんといいましょうか」の小西得郎を忘れることはできない。テレビの時代になり、その丸い体型とともに覚えているのが森徹である。丸い体型と言えば、西鉄ライオンズの中西太が半田球場にきた時、一度だけ見たことがある。練習で軽々と場外へホームランを打つ姿に感動したものである。
今年は一度くらいは名古屋ドームで野球を見たいものである。
* 写真は西沢道夫 (スポニチ)
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